こんにちは、ピアニストブロガーのカワグチです!
クリスマスも終わり、2024年ももうすぐ終わりますね。
今年はなんと(暦通りのお休みだと)\9連休!/
みなさまはいかがお過ごしでしょうか?
人と同じことをするのが嫌いなわたくしにとっては
どこに行っても人が多いし高い大型連休は憂鬱でしかないので
あまりレジャーや娯楽的なことはせず、粛々と過ごすのが常でして。
年末はおせち作りのバイトに勤しんでまいりました。
今年の年始も実はタイミーでバイトしていたので
2024年は、元旦からバイトに終わった1年でしたのよ。
生活が安定してもなお
アルバイトを続ける理由
というと、悲壮感が漂いますが、
フルタイムで働けている今は、フリーターの頃ほど生活が立ち行かないわけでもなく
けっこう、アルバイトという刹那的な働き方自体が好きなのですよね。
しかも、バイト先がとても雰囲気がよくて、めちゃくちゃ優しい方ばかりだったので
むしろ、楽しい数日間を過ごさせていただきました(^O^)思いがけない幸せ
(年始にタイミーで行った先ではキレられて年始早々しょんぼりしていたがw)
間違えても責めるでもなく、エセポジでもなく、みなさんギャグを言いながら仕事していて
「このくそ忙しい時期に雰囲気まで悪くしてちゃやってらんないっしょ」って。
確かにピリピリしようがギャグを言おうが、仕事量は変わりませんから、
その心遣いが最高ですよね!!
今年最後にいい思い出をありがとうございましたっ。感激したのでわたしも参考にさせていただきます!
フルタイムではなく
アルバイトが好きな理由
以前からバイトをよくしていたことは
度々記事にも書いていましたが
実は今でも、年末年始だけでなく、
週末もパートタイムの仕事に出ることがあります。
周りが浮かれた週末モードの中、
金曜夜の誘いを断って(朝早いから)、ひっつめ髪で街に繰り出し
みんな楽しそうなのにと、みじめな気持ちになることも時折あります。
稼ぐためだけなら
本業の収入UPでも実現できる
もちろん、少しでも収入があったほうが、
ちょっとだけ贅沢して美味しいものが食べられたり、
無理して節約せずに好きなものを我慢せず買えるよね、という動機も少なからずありますが
それだけなら、フルタイムで働く人にとっては
本業でボーナスをいただくなり、昇給昇格を狙ったり
もっといいお給料の職場に転職したりすることでも実現できるはず。
わたしはフリーランスなのでボーナスや役職はありませんが、
別の仕事を受注することだってできますしね。
それなのに、なぜ定職に就いた今も
わざわざ休みの日までアルバイトやパートをしているかというと、
貧乏フリーターが長かったので、手放しで休むのが落ち着かないというか
週末や大型連休はどこ行っても高いし混んでるので、人が休んでいる間にこっそりギアをあげておきたいとか、
理由は挙げると色々あって、自分でもハッキリこれ!というものはないのですが…
つまるところ、社会に居場所を作っておきたいとか、
なんのしがらみもない、知らない場所で0から誰かの役に立つことで
必要としてもらえる実感や場所が欲しいからなのでしょう。
本業でもそれはできるのでしょうが、
短期だからこそ目に見えやすいものがあるというか、
人ってどうしても、長くいる人の存在は当たり前になってしまうゆえ、
甘えや依存心が出てきてしまうじゃないですか。お互いに。
だから、見ず知らずの場所で役に立って、認められて受け入れてもらえる、
というプロセスを何度も繰り返し体験しにいっているのかなと。
ま、わたしが瞬間的に完全燃焼する短距離走型というか、
息の長いお付き合いというのが、ただ単に苦手なだけなのかもしれませんが…/(^o^)\反省しろ
長く続く関係性を考えるとつきまとう
制約やしがらみ
「ずっと」という制約がついた瞬間から
その「ずっと」を守るためのしがらみや、本質的ではない義務が発生する。
会社もひとつのムラですから、
社内やお客さんとの立場関係とか、責任とか、
(長く穏便に働くために)誰からも嫌われないように、悪評が立たないよう、波風立てないようにと
「守り」に入りやすくなるのは、それはそれで必要なことかもしれません。
だけど、「ちゃんとした人」を演じようとすればするほど
知らず知らずのうちに自分で自分を押し殺して制限をかけ、
その埋め合わせをするように散財する。
「もうどうせ、ここからいなくなるから」って、投げやりにぶっちゃけた時ほど
かえって仲良くなれたりすることもあったりね。
「同じ状態のまま変わらない」ほうが不自然
個人的には、変わらず同じ状態をずっと維持し続けるということのほうが
よほど自然の原理原則に反していて不自然で大変なことだと思っていて。
だからこそ、維持し続けるために、「異常」がないかどうかをチェックするために
自分に嘘をついて心をすり減らし、的外れなことに膨大な時間を割かざるを得ず、
疲弊する人がこれだけ後を絶たないのだと思っています。
気楽な立場ゆえ素を出しやすい
これはわかってくれる人がいるかどうかちょっとわからないのですが
アルバイトのほうが自分を解放しやすいというか、素を出しやすくて
そこに「ちゃんとしなきゃ」とか、威厳を保たなきゃみたいな駆け引きが一切ないし
(良い意味で)そんな武装してもどうせすぐ終わるし、なんの意味もないから
心置きなくネジを外せる。
それがとても気楽だし、
結果、すぐ終わるはずの場所のほうが楽しくなったり、
気がついたら長続きしたりしていた、ということも少なくありませんし
実際に距離を縮められたという体感があるからこそ
日雇いのお仕事が(良い意味で)やめられないのかなって思います。
(逆に、バイトといえど「ちゃんとしろ」圧が強いところもたまにありますが
そもそももうその時点でバイトのメリットがほぼないので続かない)
安定した収入と引き換えに、常識の中に押し込まれる。
それこそが表現を生業とするアーティストにとっては大きな損失であり脅威で
そうなるくらいなら、時給が何十円か高い仕事に執着するよりも
自分が自分であれる環境や、プライベートを絶対に侵食されずに割り切って働けるところを優先したほうがいいよね、と。
※一応補足しておきますが、「ちゃんとしなくていい」というのは
仕事をいい加減にやっていいとか、バイトをストレス発散に使っていいという意味ではありませんよ!
結論:
行く場所・会う人が毎日の質を決める。
ネジを外せる場所を持とう
まぁ、必ずしもそれが日雇いバイトでなくてもよくて
趣味でも習い事でもジムでもなんでもよいのでしょうが、
どこかに、ネジを外せるサードプレイス的な場所が必要だよね、
ということを、わたしも久しぶりに思い出せたので記事にしてみました。
(今は「心理的安全性」とも言うのでしょうかね)
なにも、ハイにならなくてもいい、
ネオンの煌びやかな繁華街でなくてもいい。
大声を出さなくても、お酒を飲まなくてもいい。
自分の中だけでそっと、体温が0.2度上がるような
そんな、他人からは見えない心の化学反応を大事にしてほしいなと思います。
そして、そういう解放した自分をうまく引き出してくれる人や、受け入れてもらえる場所があるとしたら
それが当たり前ではないということに感謝しなきゃですよね。
年が変わってしまいそうなので、
2024年ハイライトや今後の方向性は、年始にまた改めて投稿いたしますね!
ということで、みなさまも長い連休を有意義に過ごして
よいお年をお迎えくださいませ(^^)/