アマチュアのピアノ弾きです。日々の練習環境の工夫と音楽観、
ピアノ弾きや音楽家さんに役立つ情報を書いています◎

演奏には本性と性格が出る。
ピアノの先生は全てお見通しだった!

わたしのことを誰よりも一番知ってくれているのは
まだ幼いころからピアノを通して関わり続けてくださった、
故郷の恩師の先生だと思っています。

(生まれた頃から見てくれている親もよく知ってくれているでしょうが
親は「自分の子供」であるということや「こうあってほしい」という理想も入るでしょうから
またちょっと別枠ということで。)

本気で向き合うと
欠点含めて本性が出る

ピアノに限ったことではありませんが
何かに本気で向き合うと、壁にぶつかることもあるし、嫌なこともあるし
良い面だけではなく、本性も自ずとさらされます。

また、練習の仕方や得意・苦手な部分などで
言葉のコミュニケーションを取らずとも、
自然と性格や行動パターンもにじみ出たりしますよね。

ピアノのレッスンでは
いい子になりきれなかった

わたしは学校でこそ真面目でしたが、ピアノのレッスンは不真面目で
気乗りしない曲は1週間全く練習しないで、初見で弾いて居残りになったこともあったし
レッスンの途中でふてくされて帰ったことも何度かあったような、
絶望的に態度の悪い生徒でした。
(良い子は真似しないでね)

好きなことをもう一度。クラシックピアノ復帰までのストーリー

カワグチの詳しい生い立ちはこちら↑をどうぞ

いくら良い子になろうと努めていても、
本性はどこまで行っても、クレイジーな荒れ狂い者なのでしょう。

逸脱した感情や個性は、音楽家にとってはプラスになることもありますが

ピアノ演奏で消耗するのは体力だけじゃなかった。芸術家は心の栄養補給も忘れずに。

それでも、先生にとってはただの迷惑な問題児でしかなかっただろうな…と、
今思い返すとただただ申し訳なさすぎて、穴があったら生き埋めになりたくなります…

わたしがピアノ講師の立場だったら、
即レッスンお断り・出禁にしていますわ(-_-)

問題児生徒の良いところを見ていてくれた

ピアノの先生の中には
ミスしたら手を叩いたり、ヒステリックにガミガミ怒鳴る先生もいると聞きますが
わたしの先生は、厳しい時はあれど12年間で一度も感情的になることなく、
いつも穏やかにかつ毅然と指導して下さいました。

だからこそ、先生の懐の広さに甘えていたのもあるのでしょうが
そんな好き勝手に振舞っていた暴君・ジュニアカワグチのことを、
ピアノの先生は「耐えていた」というよりは、掌握してうまく取り扱ってくれていたのです。

なんでわたしだけ一人?!

ところでそんなある日、
小学生くらいの頃。

定例の発表会のエンディングを、
ピアノ教室に通っている同級生たちみんなで歌を歌って
発表会を締めくくろう、という演出をすることになりました(^^)

わたしはピアノ伴奏をして、同級生みんなが歌って
楽しいエンディングになり、
めでたしめでたしで演奏会は終わりました。

突然の「歌」の一人舞台

その翌年の発表会のこと。

「去年はみんなで歌ったから、
今年はともかちゃん一人で歌ってごらん」と、先生。

たしかに、去年はわたしは伴奏だったので、歌わなかった。

だけど…だけど……
一人で歌うって…!!

ピアノは全然いいけど、
歌は別に得意じゃないのでピアノとはわけが違うっ…
(田舎の子供なのでカラオケもほとんど行ったことがなかった)
というか、恥ずかしい!

「他の子たちはみんなでワイワイ楽しそうなのに、
なんでわたしだけいつも一人なの?(T_T)
わたしもみんなと楽しく一緒にやりたいっ!!」

と、一人で歌うのはいやだと主張して
結局、先生はちょっと残念そうでしたが
別の子にも無理やり参加してもらい、二人にしてもらいました(笑)

が、今ならなぜ先生が
わたしをあえて「一人」にしたのが、わかる気がするのです。

先生が「一人」で挑戦させようとした理由

当時は、他の同級生たちと仲が悪かったわけではありませんでした。

しかし、そのずっと後の人生で、
うまく「みんなの輪」に混じって溶け込めない疎外感や、
個性を埋没させて人と足並み揃えて協調できず、なぜか浮いてしまうことを度々経験したのでした。

ある時から、協調性のなさやネジが外れていることを開き直り
頑張って人に合わせるのをやめ、仲良しグループなどに「所属する幸せ」を諦め、
複数人で一緒に行動することをすっぱりとやめたのです。

一人が性に合うことに気が付いた

それ以来すごく気持ちが軽くなり、
友達がいなくなってみじめで孤独になったかと思いきや、
むしろ、不思議なことに、一匹狼でいるほうが逆に好かれることが増え
友達がいなくなるということもありませんでした。

周りに溶け込めない孤独感や不安を抱えながら人に合わせるよりも
一人で行動しているほうが、かえって孤独感は少なくなり
自分は一人で行動したり、一人で集中して何かをする「単独プレー」のほうが
性格的に向いていることに気が付いてきたのです。

もちろんこういう場面だけでなく、
時には友人と楽しく遊んだり、お仕事でチームを組むこともありますけれどね。

あくまで私個人の特性なので、全ての人がこうしたら幸せになるわけでもないし
たまに憐れまれたり、誰とでも仲良くすることを強制されることもありますが
それもちょっと違うかなと思っています。

先生は自分より早く知っていた

そんな経験を経て思うのは
あの時の「一人」は、先生の意地悪でも運が悪かったわけでもなく、
先生はそんな自分の尖った個性をわかってくれていたのかなと、今なら理解できる気がするのです。
(なのに断固拒否して他の子を巻き込んだw)

チャンスに気が付かず断った

むしろ、自分に合ったすごいチャンスをくれていたのに
それに気が付かずいやだと断ってしまったという…!

多くを語らずとも、しかも自分自身が気が付く何年も前に
先生がそんな自分の特性に気が付いてくれていたことに驚いたのでした。

ちなみに歌うのはずっと恥ずかしくて苦手でしたが
ある時期、ストレス発散のために一人カラオケに通い詰めた結果
大人になってから突然コツをつかんで得意になったので
今頼まれたら喜んでひとりで歌いますっ(^^)/笑

14年会っていなくてもお見通しだった!

時は経て2017年の秋。

コンクールに参加するのをきっかけに、
そんな恩師の先生に、緊張でぎこちない手でお便りを書き、
14年ぶりにレッスンをお願いし、地元に帰って再会したときのこと。

緊張したのも束の間、
先生はとびきりの笑顔で迎えてくださり、
再会をとても喜んで下さいました。

久しぶりの再会なのに
フリーターの報告…

練習の合間に、お茶をいただきながら雑談をして
「お仕事のほうはどう?(^^)」と聞かれました。

うっ、来てしまった、この質問…

当時はそれまで勤めた医療職を辞めて、アルバイト生活。
大学まで出て、国家資格も持っているのに、今はフリーターだと話すと、
大抵の人は顔を引きつらせて批難するか、尋問のような質問攻めをしてきます。

「収入大丈夫なの?家賃いくら?」と勝手に人の家計診断を始めたり
(正社員になれないかわいそうな人)と哀れな目で見られたり
「病院の求人あるよ!」と(頼んでないのに)求人をすすめてきたりするので
(まぁきっと、わたしが逆の立場でもそうするでしょう)
この手の質問には正直、毎回答えるのがものすごく億劫でした。

学業で進学したのに
フリーターだとは言いにくい…

しかも、地元でお世話になった先生。
ピアノの道を絶ってまで、地元を離れて進学校に進学したのに
その結果が今はフリーターだなんて報告するの、情けなすぎる。

ピアノを習っていた同級生たちも、それぞれの道で頑張っているのに…

しかし、誤魔化すわけにもいかないので
「今は医療の仕事を辞めて、レストランでアルバイトをしながら
自分で何かやりたいなと漠然と模索しています…」とごにょごにょ答えて
恐る恐る先生の反応を待ちました。

先生だけは違う反応だった

それは大変ねぇ…という反応が返ってくるのかと思いきや、
先生は、何かを思いついたかのように
「ともかちゃんは、そのほうが合ってるかもね!」
と、笑っているではないか…!!

さ、さすが懐の大きい先生。
今まで言われたことのなかった意外な反応に
思わず、わたしのほうが拍子抜けしてしまいました。

さらに、
「決まったことを毎日きっちり正確にやる仕事、苦手でしょ(笑)」
と続けておっしゃって下さったのでした。

バレてました/(^o^)\

ピアノも仕事も苦手は一緒だった

それまでのお仕事は、「正確に測る」お仕事で
自分流に余計なアレンジをしては、よく怒られていました。

言われてみるとピアノも基礎練をサボって逃げ回っていたし
コンクール前は、よく「そこにカワグチ流はいらないから」と注意されていたので(笑)
ピアノの先生にバレるのも納得ですっ。

さすが、幼いころからわたしのことを見て来て下さっている方だ…!と驚いたのと同時に
当時は闇雲に自分一人で無謀な挑戦をしていたので
そんな自分を理解してくださっていた方が
意外にも遠くて近いところにいてくれたことに、嬉しくなったエピソードでした。

恩師を通して
自分のルーツと答え合わせができた

ピアノの先生は、演奏表現やレッスンを通してにじみ出る性格や本性を
良くも悪くも理解してくれていたのでしょう。

そして、それを縛り付けず、否定せずに見守ってくれていたからこそ
自由でのびのびした演奏表現を育てることができたのかなと思っています。

変わったのではなく、
本来の自分に戻ってきたのかもしれない

わたしはここ数年、人生を変えようと挑戦していたつもりでしたが

【続:音楽家の永遠の悩み②】アマチュア演奏家が、仕事より音楽活動を優先する理由。

もしかすると、変わったのではなく、変わっていないのかもしれない。

変わろうとしているようで、それは単に、身に着けた鎧を一つずつ外して
本来の自分のルーツに原点回帰しているだけなのかもしれないなって。

世間のレールから外れても
自分のレールからは外れていなかった

本来の自分とか言うと、ちまたによくある自己啓発くさいですが、
三つ子の魂百までというように、
幼い頃から自分を知ってくれているピアノの先生を通して
「答え合わせ」ができたような、
そんな、大きな安心感を感じて自信が持てたのでした。

たとえ、世間一般のレールとは違ったとしても、
自分なりの道からは外れていないのかな、と。

こればかりは「正解」というものはないのでしょうが

色んなスタジオさんやピアノ巡りをして感動したり
ピアノ活動を通じて出会った方に励ましをいただいたり
コンクールも全国大会に参加できたり
演奏会に呼んでいただけたり
なにより、また思う存分にピアノが弾けることが楽しいし、幸せを感じている。
それが答えなのかな、と思っています(^^)

ピアノ発信を始めて1年。本気でピアノと向き合って変わったのは、人との関わり方でした。

ピアノが弾きたくても弾けなかった頃の自分がこの未来を知ったら、
泣いて喜ぶだろうな。(すぐ泣くカワグチ)

こうして「無謀な挑戦」を続けたからこそ見ることができた景色を思うだけで
十分すぎるほどに価値があるのではないか。

ピアノという可能性をくれた恩師

ピアノを上手に弾くこともそうですが、
ピアノを弾くことが、こういう豊かな景色を見る「パスポート」になるのなら
それほど素晴らしいことはありませんよね。

そんな可能性と感受性を拡げてくださったピアノの先生の存在の偉大さを
改めてしみじみ感じているのでした(^^)

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