ブランクを経て復帰したピアノ弾きが
固定観念を破りながらやりたいことと向き合う過程を共有します

自分が自分を好きになれる場所、
嫌いになってしまいそうな場所。

こんにちは、カワグチです!

3月に上京してからというもの
新しい人や場所に行くことが多々あるのですが…

見た目がパリピっぽいのに、中身はコミュ障なカワグチ。

ブログでは好き放題に書いていますが、
うまく会話するのも苦手だし
人とべったり絡むのも苦手でして。。

毎度のことなのでまぁ別によいのですが
期待値を遥かに下回るコミュ力の低さにがっかりされる連続で
落ち込む毎日です(-_-)

口下手ブロガーの表現論。発信者としての礼儀と表現させてもらっているという敬意。

しかも、あんまりしゃべら(れ)ないと
不機嫌なのかと勘繰られて、余計に
何とかしてしゃべらせようと、更に絡まれたりするんですよね。(困)

とはいえ、期待に応えようと、ない語彙力を振り絞って無理やりしゃべると
期待外れの返しに場が凍り付いて浮いてしまうという。

もう、どうしたらいいの(T_T)

期待通りのコミュニケーションができない

期待を感じていながらも
周りにがっかりされることそのもの、というよりは
セオリー通りにうまく振舞えない、期待を裏切ってしまっている自分のことを
不甲斐なく思ってしまうのです。

しかも、名前がともかなのに、人付き合いがとことん悪いっていう。
(親の期待に反して、友達は狭く深く派)

そこで良しとしていることに
従えない後ろめたさ

みんな、口では「そんなの気にしなくていいんだよ」って言ってくれるけど
楽しくやりたいのに、うまくできない後ろめたさや
距離を詰められすぎることを不快に感じてしまう自分の感受性自体に
罪悪感を感じざるを得ないわけです。

「分け隔てなくみんな仲良し」を善しとする場所にいる以上はね。

だからわたしは、ぼっちの孤独より
人といるのにわかり合えない寂しさのほうが、100倍つらくていやだ。

こればかりは、東京だろうが地方だろうが
どこに行っても同じだなぁ…と痛感しますし
特に、今回「普通の人」で構成されている会社員を選んだ以上は
仕方ないのでしょうけれどね。

自分の劣等感が刺激される場所

その場に馴染めなかったり、
うまくコミュニケーションが取れなかったり
そこに居合わせた人と合わなかったりすると
「なんで自分はこんなこともできないんだ!」って、自分を責めてしまったりする。
(相手に落ち度があることも実際は少なくないと思いますが、
それでも「どんな人とも穏便に仲良くするべきだよ!」みたいな風潮ってありますしね)

わたしの場合は、コミュニケーションの場がそうですが
ある人にとっては、勉強やスポーツで比べられる場所だったり
いわゆるスクールカーストのような、モテるモテないだったり
人間それぞれ、得意なことがあれば、苦手なことがありますし
おそらく、誰にでも多少はあるのではないでしょうか。

そういうわたしも負けず嫌いなので
知らず知らずのうちに誰かを負かしてしまっていることがあるかもしれない。

そして、「相性」という言葉で片付けてしまうと簡単ですが
劣等感や欠点が浮き彫りになる場所や人って、たしかにありますよね。

そんな時って、出来事そのものよりもずっと、
自分の欠点や苦手が浮き彫りになる場所に来てしまった。
自分が自分を嫌いになってしまいそう。
ここに来なければ、こんな思いしなくて済んだのに。

そんなことがただ、悲しいなって思うのですよね。

自分じゃないものを目指そうとしても
うまくいかない

そんな時って、
劣等感を感じざるを得なかったり
できない自分を責めてしまったり
自分じゃない人格を強制(矯正)させようとしてくる人を恨んだり
または、自分じゃない何かを目指そうとしてしまって
本来の自分じゃない方向に走ってしまったりしがち。

わかりやすいところだと
似合わないのに流行りの服を買ってしまったりなどでしょうかね。

でも、自分を押し殺して苦手を取り繕ったり
そういう方向に努力やお金を向けたとしても
大体、うまくいかないんですよね。

そっちには、元々もっとそれが得意な人がいるわけですから。

自分を嫌いになる場所には行かない

自分以外の何者かになろうとしても、ろくなことがない。

もちろん、相手に歩み寄る努力はありきですが
自分を矯正する努力(をして徒労に終わったり、さらに傷つく)をするくらいであれば
少しでも自分が生きやすい場所、受け入れてもらいやすい場所や相手を選び続ける努力のほうが
よほど未来にプラスになるんじゃないかな。

従順なことが美徳とされて久しいですが…
わたしたちは植物じゃなく、手足があるのだから
いざとなったら(顰蹙を買おうが)逃げられるし、能動的に掴み直すことができるわけで。

そこで耐える意味はあるか

せっかく色んなコミュニティや場所が
日本だけに限って見ても、無数にあるのだから
その中であえて、自分が自分のことを嫌いになってしまう場所に留まる選択って
限りある自分の人生の一部をドブに捨ててしまうような、とても勿体ない行為で
逃げることや選び直すことも、れっきとした自分のためを思った行動だと思うのです。

たとえば下積みの修行中だとか、性格を根本から直してでも結婚したいとか
耐えた後の目的がハッキリしていれば別ですが
そういう強い目的がないのであれば
苦しいことより、楽しいと思えることや好きなこと、向いていることをしたり
過ごしやすい人や、自分をわかってくれる人と居た方がいいですもんね(^^)

自分が自分でいられる心の安全基地ときっかけは「引きこもり」だった話。

「合わない」が教えてくれる
方向転換のタイミング

と、ちょこまかと環境を変えているカワグチは日頃思っていますし
ピアノ復帰も、ピアノを弾いている自分が好きだなぁと感じて
何とかしてこの時間を作って、自分に与えてあげたいと思ったからこそでした。

実際、環境を変えようと決心したときって
そんな居心地の悪さを感じたことが、背中を押してくれたきっかけになっていたことがほとんどだった気がします。

めんどくさいし、割を食うけど
なんとしてでもここから逃げたい!!とw

点で見るとネガティブな出来事かもしれませんが
迷路の行き止まりを見つけて、「あ、こっちダメだな」って方向転換するようなものだと思うと
なんら特別なことでもないですよね。

と言う感じで、あまり音楽に関係ない話になってしまいましたが
きっと誰にでもあることなんじゃないかなぁと思って書いてみました◎

変化や身近な環境に戸惑っている方がいらっしゃったら
なにかの参考になればうれしいなと思います。

とは言っても、東京は
頑張る人に優しい街のように感じていますけれどね(^^)

適合できないなら
心地よくいられる場所を創る

今はようやく過渡期を乗り越えて、落ち着いてきて元気にしていますが
動きまくっている割には、環境の変化は苦手ですっ(◦・o・◦)

合わせられないなら、作っちゃえ!と
そんな、無意味に肥大化しすぎた「普通」に適合しきれず
苦しい思い、窮屈な思いをしている人が心地良くいられる場所を創るのが、ささやかな目標です(^^)/

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