ブランクを経て復帰したピアノ弾きが
固定観念を破りながらやりたいことと向き合う過程を共有します

やりたいことをやる覚悟と代償。出稼ぎにきました!

こんにちは。
ピアノ演奏家のカワグチです!

ようやく11月はじめての投稿になってしまいましたが…
実は、先日から近畿地方の観光地に来ていまして。

北海道にはない植物

住み込みでアルバイトをしています!
出稼ぎですっ。

アウェイだし、怒られまくってへこんでます(´・_・`)
仕事頑張ったのに、髪の毛ボサボサだっておこられた。泣

ピアニストを目指す人が
住み込みバイトに来た理由

どうして住み込みバイトに来たかというと、
いくつか理由はありまして。

集中的に稼ぐため

ひとつは、
生活費が足りなくなってしまったので
ある程度まとまった貯金を作るためです。

私はフリーランスのお仕事を
アルバイトと掛け持ちしながらしているので
コロナ関係なく、収支は常に不安定なのですが

【続:音楽家の永遠の悩み②】アマチュア演奏家が、仕事より音楽活動を優先する理由。

さらに、コロナ禍で元々していたアルバイトがなくなり
二度とやらないと決めていた医療のお仕事に復職して…と
(とはいえ、ありがたいことに優しい方に恵まれてお仕事させていただけたのですが)
臨機応変の変化が多かったこの1年半。

思い切って使いすぎた分を補填

決して贅沢できる状況じゃないのに、遠征に何度も行ってみたり
スタジオさんを借りたり、機材を買ったりと
無理して使いすぎてしまったなぁと。

ちょっと反省して
身を切る覚悟で環境を変えることにしたのでした。

それから、制約のある環境に身を置くことで
ついつい使いすぎてしまうのを防止できますしね。

ケチって後悔したくない

とはいえ、反省はしつつも
遠征は行きたくて行ったので後悔はしていません(^^)

→これまでの遠征記録はこちら

お金がないから、と言って先送りにして
行動に移せないことを正当化していたら、
結局いつまでも何もできずじまいで人生終わっちゃうのは
目に見えているのでねぇ…

公園でゴロゴロ(これは北海道)

「もう若くないから」
「あの時やっておけば…」という後悔は
これまで十分すぎるくらいしてきたので、もうしたくない。

わたしは(ピアニストやアーティストとして)とっくに若くないし、
今世間を風靡しているピアニストさん達の多くは、一回りも歳が離れた若い方や
「その頃」に土台を積み上げたプロフェッショナルの方がほとんど。

わたしの場合は、高校生~20代前半という
一番体力があってピアニスト全盛期の時期に
生活の中からピアノがすっぽり抜けてしまっていたことをとても後悔しています。

好きなことをもう一度。クラシックピアノ復帰までのストーリー

だから、お金をケチるために
時間を消費することは、もうしたくないんです。

使いすぎたら、自分で尻ぬぐいすればいいだけですから。

医療職のカワグチと呼ばれたくない

ちなみになぜ医療従事者の資格を持っているのに
頑なにアルバイトや肉体労働しているかというと、
医療従事者のの肩書を自分から取っ払いたいからです。
(医療従事者の、何の職務かを明記していないのも、資格で呼ばれたくないためです)

もちろん、医療現場でお仕事するときは、専門職のプライドをもって働いていますが
プライベートでまで、ミドルネームのように「○○のカワグチさん」と資格で呼ばれるのが
なんか、それしか取り柄のない人みたいで、
まるで「あなたは医療職以外の何者でもない」と言われているようで、悔しいのですよね。

何者でもない一人の人間が
どこまで人にインパクトを与えられるか

だから、医療職という肩書きを捨てた、ゼロの「ただのカワグチ」が
どこまでやれるか試してみたい。という気持ちでもあります。

まぁ、そう言いつつ実際は
いかに無力な人間かを思い知らされることの方が多いですけれど( ;∀;)

単純に逃げたかった

とはいえ、別に、お金を貯めたいだけなら
わざわざ住み込みじゃなくたっていいと思うんですよ。

そして、観光地なら北海道内とかでもよかったのですが
思い切って遠いところに行ってみたくなったので、来ました(^O^)

ちなみに、今年7月の↓の記事で
行ってみたかったけど諦めた(ので、かわりに神戸に行った)ところなのです!

【ストリートピアノが日本最多】内気なピアノ弾きが神戸でストピ巡りしてきた。

札幌にいても身動きが取れない

北海道、特に札幌は緊急事態宣言や営業短縮が厳しくて
まるで札幌市民が悪者のように自粛を強いられる生活。

このまま札幌にいても、自粛自粛で
遊びに行くところも働くところもあまりなくて
制約で身動きが取れず楽しみがないので
なんか、逃げたくなって。

…とか言って、ニアミスで
緊急事態宣言解除しましたけれど/(^o^)\

なんだんかんだでワーケーション

逃げるというと、ちょっと大げさだし悲観的すぎますが
ある意味ワーケーションやピアノ出張を兼ねられていいかなと思って。

行きたかったところに
住み込みでリベンジできるとは思ってもみなかったので
それはそれで楽しみだったりします。

せっかくリゾート地に住み込みさせていただいているので
欲張って観光もするつもりです!

ほとんど働いてはいますが、もちろんお休みの日はありますので
回れる限り、ピアノを弾ける場所や観光地も回りたいなと、周辺を研究中です(^^)/

日常の娯楽はお店ありきだった

わたしは外食やカラオケが大好きなので
お店ひとつ行けないだけで、生活の潤いってこんなに奪われてしまうんだぁと気付いたのと、
今までの娯楽って、他人に作ってもらった場所で楽しんでいるにすぎないというか
そんな受け身な自分の無力さを、コロナ禍でつくづく感じました。

発信者・エンターテイナーとして、
なんかもうちょっと主体的に(何もない場所から)楽しみを作れる人になりたいなぁと。

拠点づくりの下見として

ということで、楽しみを享受する側から
楽しみを提供する側になりたいと、常々思っていまして。

ピアノを弾ける場所を作りたい。ピアノをきっかけに循環できる場所を作りたい。

働きつつ新しい世界を下見、という狙いもありますが
それを目的で決めたわけでは、全然ありません。

何かを目論んでというよりは、とりあえず体ごと動いてみて
ヒントを漠然とかき集めている感じです(^^)

変化や不快感が気づきのきっかけになる

ずっと同じ場所で同じことの繰り返しよりは
良くも悪くも、適度にストレスや負荷があったほうが
なにかしらの収穫があるんじゃないか。

途方もない手探り状態だけど、
思いがけない発見って、そんな「狙わない偶然」から得られるものなんじゃないかな。

と、安定した環境で腐ってしまいがちな性格のわたしは期待しています。

自分のやりたいことを
実現するための代償

わたしにとっては夢に近づくための選択ですが
やはり、自分本位な事情ですから
それまでのお仕事を辞めたり、お休みをいただくのは勇気が要りました。

何度も職を辞めていても、
辞めますを言うのはしんどいですし、心苦しいですよね…
やむを得ない事情ならまだしも、自分本位の理由だから尚更申し訳ない。

それまで良くしていただけたところだったからこそ、ちょっとチクリとしています。
だけどこればかりは、自分のためにしていることだから仕方ない。

まぁ、もし仮に顰蹙を買ったとしても、
そうやって結果を自分で巻き取るのが、本当の意味での自己責任なのでしょうね。

誰かの期待を裏切る覚悟

「自分らしく生きる」
「自分のやりたいことをやらせてあげる」
って、言葉ほどきれいなことばかりじゃない。

伝え方次第、身の振り方次第では
紙一重でわがままにもなりかねないし
(他人や社会より)自分を優先させるということは、
どこかで、他人の期待や世間の都合にNOを言うことでもあって
今でも後ろめたさで気持ちが重たくなります。

しかし、自分のためによりよく生きようと思うと
どこかで誰かの期待を断ち切って、自分を最優先させて
時には人の期待を裏切らなきゃいけなくて。

その罪悪感に負けて
迷惑をかけてしまうからとか、「○○さんに悪いな…」とか
顰蹙を買いたくないがために自分を抑圧してやり込めるのは
結局、自分で自分を不幸の檻の中に閉じ込めているだけで
誰にも怒られないし、誰にも嫌われないし、誰も傷つけないけれど
自分が傷ついているんですよね、見落としがちですが。

我慢することで
傲慢な被害者になりかねない

周りの期待に応え続けて便利屋に成り下がっているほうが、ラクではあるのですよね。。
考えなくて良いし、嫌われるリスクも勇気も要らないし、頭を下げなくていい。

さらに、(勇気を出して動けない)自分を正当化して
自分は悪くないのにこんなに不遇だ、と被害者ぶって言い訳が達者になり
まわりの「○○さん」を加害者に仕立て上げてて責任転嫁する。

こういう、やりたいことを押し込めている「自称被害者」のほうが、
実は傲慢なのかもな、という気がしていて。

自我を見ないフリすると
自分が蝕まれていく

なんか、人からするとすごい当たり前のことなんでしょうし
おそらくこんなに考えるなんて大げさなのでしょうけれど、
長年人の期待に応えることばかりだったわたしは
こんなことでも毎回恐々としながらやっています。

自分のやりたいこととか、やりたくないこととか、自我とか
見ないほうが、都合がいいのかもしれない。
ラクだし。

だけど、植物ではなくて人間ですからね。
自らの命の危機を察知するために痛覚があるように、
確かに存在する意思を、自ら根こそぎ否定するのは
自分が生きることを否定するのと同義なのではないかと。

わがままにやらせてもらっているから
感謝が生まれる

実際に言葉や態度で顰蹙を買うこともあるし
(言葉にせずとも)残念がられたり、誰かをネガティブな気持ちにさせてしまったり
迷惑をかけてしまっているという事実は確かにあるでしょう。

でも、だからこそ
賛同してもらえたり、手を差し伸べてもらえたり
自分の都合を目をつむって受容してくれる人が現れたときは
有難さが一層身に沁みます。
こんな自分本位の勝手を許してくれてありがとうって。

実際に、自分が思うよりも人は優しくて
努めてこちらのことを理解してくれようとしてくれる人もいたりと
頭が下がる思いです。

ピアノを続けたいからこその挑戦

ちなみに、出稼ぎは「演奏活動を諦めた」のではなく
これからもピアノを続けるつもりだからこそです!

ピアノやネット発信を全部やめて慎ましく生活するのであれば
わざわざ出稼ぎに出なくても、コツコツ働いて質素に暮らせばよいですからねぇ。

まぁこんな感じで、どこまでも適当で破天荒な人なので
ほどほどに頑張って、笑顔で帰れたらいいなと思っています◎

冷蔵庫にオレンジジュース残してきてしまったのだけが心残り(´・_・`)

ということで、
できる限りピアノには触っていられるようにしたいですが
曲の更新は当面あまりできなくなってしまうかもしれませんm(_ _)m
(元々スローペースですが…!)

ここまで真剣に読んでくださった方がいたら、
ただただ感謝します。

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