こんにちは、ピアニストブロガーのカワグチです!
少し前になりますが、現代アートの美術館に行ってきました(^O^)
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最近は写真撮影OKの美術館が増えてきていて、時代の変化を感じます…!
純粋にいいなとか美しいなと思ったものを
その場限りではなく共有できるのは嬉しいものですね。
「何これ」を楽しむ現代美術
わたくし本職デザイナーでありながら、
美術や芸術に造詣が深いわけではなく
美術館とかも普段あまりたくさん行くほうでもないのですが、
「何これ」を楽しむのは結構好きだったりします。
そういう意味で、現代アートは絵のよしあしや美術的な技法がわからなくても
「絵」「美術」を超えた、作品や作者さんの背景や
「どうしてこれを作ったんだろう」という過程から考えられることに楽しみを感じています。

これは「タール」で塗られているらしい
とは言ってもこれだけ見てもよくわかんないので
解説を見ながら「そういうことなのね」と情報と照らし合わせながら見たり
「何これ」「なぜ」の答え合わせをしたり
美術館賞というよりは、推理や謎解きゲームに近い感覚すらあります(^O^)
あとは単純に、雑貨屋さんにいる時みたいに
「この色使いいな」とか「この質感好きだな」と感じてみたり
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この艶ブロック結構好き
作品全部を
理解して好きにならなくても良い
多分、美術館が苦手とか抵抗がある人って
全部を理解して飲み込まなきゃいけない、と気負っている人も多いと思うのですが、
作品全部を無理に理解しようとして感動しなくても
自分の好みの作品を見つける過程も楽しみの一つ。
美術館の壁や外の景色との調和を楽しんだり、
何に見える?とか、この作品のみどころは?という解釈を楽しんだり
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ジュエリーショップのディスプレイみたい!
美しく撮れる撮影角度を探ってみたり
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絵だけじゃなくてこういうライティング?の作品があるのも
現代アートの結構好きなところ
こう言うと心血注いで作られた作者さんには失礼だと思うのですが、
興味が湧かない作品まで無理に感動しようとしなくて良いし
そんなに惹かれないなと思ったらスルーしてしまってもいいと思うのですよ。
本を読んでみて、なんか入ってこないな、面白くないなと思ったら
全部読まないでやめてもいいのと似ているかもしれません。
(このブログもそうなっていないと良いですがw)
「好きかも」を感じるプロセスは
美術館賞と音楽鑑賞で似ている
で、この「好きかも」を探す過程って音楽も一緒で
特に、クラシック音楽って高尚な褒めポイント的なのを探そうとしてしまいがちですが
もっとシンプルに「なんか好き」の感覚を楽しむで良いのではないかなと。
ピアノが好きで演奏をしていても、
興味のわかない曲とかも全然ありますもの。(ごめん)
もちろん粗末に扱って良いわけではありませんし、
今の時代まで残されていること自体が高く評価され続けてきたことで、それを残そうとしてきた人たちの努力もありきですが、
でも、必ずしも昔のもの=「高尚で気品あるもの」にしなくても良いんじゃないかなってわたしは思います。
それがクラシックらしさまで壊していい理由にはなりませんが、
もしかすると作曲した人も「そんなに気高いものとして扱わなくて
もっと気軽に楽しんでくれていいのに〜」と思っているかもしれないですし、
結構、作曲家さんの生い立ちを見ていると、「笑」ってなるようなエピソードとかもありますしねw
「誰が」「どうして」「いつどこで」
背景があると納得感がつながりやすい
わたしも曲の解釈や作曲された背景、
作曲家さんの生い立ちやキャラクター、
自分が練習した過程や弾いた時のエピソードを一緒にコメントしたりしていますが、
(こんな感じ⬇︎)
イベール / 「物語」より水売り女(J.Ibert / Histories: La marchande d’eau fraîche)
それは、難しいうんちくを語りたいからではなく
そういうストーリーがあったほうが
「なぜ」この曲ができたのかとか、このメロディーにはどんな意味があるのかとか
そういう解釈がしやすくなって、点と点がつながりやすくなるかなと思って書いてみています。
あとは逆もあって、
こんな良い曲やすごい曲作った(弾いた)のってどんな人?!と、
その作曲家さんや演奏家さんのプロフィールや生い立ち、経歴を見に行ってしまうこともありますよね。
まとめ:心が動けば
「知りたい」は自然についてくるもの
まずは「いいな」と心が動くことが先で
「知りたい」はあくまでその後に自然についてくるもの。
逆に言うと、「知りたい」という意欲まで湧かなかった作品や曲まで
無理に深掘りして鑑賞しようと頑張らなく良い。
クラシック音楽の演奏って、カバー曲を歌うにも似ていますよね。
すごい曲はもちろんすごい才能ありきで尊敬していますが、
その、すごい曲の裏側にある人間臭い背景まで拾ったり、
歴史ある曲に自分なりの温かみを乗せて息を吹き込ませる。
だからこそ、聞き手の「なんか良い」と共鳴して
「刺さる」「沁みる」「気持ちが上がる」が生まれ、
聴いていたくなる演奏になるのではないかな。
ロジックや「すごい」の理論理屈だけではなく、
知識がないと楽しめない有識者だけの閉じた評論娯楽ではなく、
そういうのが人が演奏することならではの良さだと思いながら
自分が弾く意味を日々考えています。
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