ブランクを経て復帰したピアノ弾きが
固定観念を破りながらやりたいことと向き合う過程を共有します

【ピアニストはAI化する?】正しいだけの演奏には超えられない、人がピアノを弾く意味を考えてみた。

こんにちは、カワグチです(^^)/

コロナ禍の後押しもあり、
AIや電子マネーがいよいよ急激に実用化されてきていますよね。

ピアノ演奏の機械化
「自動演奏」

ところで、ピアノ演奏も「自動演奏」という形でずっと昔から機械化されています。

電子ピアノも機械化のひとつですし、
今では電子ピアノにも当たり前のように自動演奏が搭載されていますよね。

メカはピアノがお得意?

「ルールどおりに正しく演奏する」のは
まさに、機械の得意分野。

自動演奏は疲れたり、楽譜を暗譜しきれないこともなければ、
指が届かない、もつれるといった、人の演奏で生じるような物理的な限界もありません。
機械が苦手とする表現の機微であったって、今ならAIでつけることくらいできそうですよね。

ミスタッチしない自動演奏があれば
ピアニストは不要なのか

アレンジを利かせるジャズやポピュラー、作曲であれば別ですが
特に、既に楽譜や演奏ルールが決められているクラシックの場合なら尚更、
昔作られた楽曲を「再生」するだけであれば、
人より機械の方が秀でているのではないか。

なんなら、人をオファーするギャラも必要もないし、ミスもしない。
曲のリクエストだって、アレクサみたいな機能作れそうだし。笑

このご時世でご活躍されているエンジニアさんからすれば
「わざわざ人が(暗譜や練習までして)演奏する必要なんてない」
なんてバッサリ言われてしまいそうだなぁ…と時々思ったりするのです。

だけど、結論から言うと、
自動演奏じゃ代替しきれない何かって絶対にありますよね。

自動演奏や電子音楽があっても
生演奏に足を運ぶ理由

少なくともわたしはやっぱり人の演奏が好きですし、
足を運んでまで人の演奏が聴きたいと思うくらい、人の演奏には確かに魅力があるわけです。

つまり、曲そのものが聴ければオッケーというわけではなさそう

正しく演奏するだけであれば、自動演奏に負けてしまう。
にもかかわらず、機械には代替できない人の演奏の魅力って、どこにあるんだろう?

また、「うまい人が一人いれば十分」というわけでもなく
色々な表現をするピアニストさんがたくさんいて、その中で、各々好きなピアニストさんがいたり、
「このピアニストさんならこの曲をどんな風に弾くんだろう」と思うことがあるわけですよね。

良いのはわかるのだけど、そう言われてみると、言語化できないなぁ。
と思ったので、わたしなりに人が演奏する意味を考えてみました◎

「ピアノを弾く」という
パフォーマンスやビジュアル面はおまけ

ピアノを弾いている人のフォルムや表情?とも思ったのですが、
よほど綺麗な人や、ダイナミックなパフォーマンスをする方であればそれもあるかもしれませんが、
その要素はあくまで「おまけ」のような気もします。

というか、あくまで音楽がメインなわけで
見た目であまりにも気を引こうとするのは邪道にもなりかねませんしね。

演奏の服装のこだわりと、ピアノとの相性。

遠くて見えなくても満足できる

数百人規模のコンサートホールであれば、
米粒のようにしか見えない、表情なんてまるでわからない
はるか数十メートル離れたC席とかでも、十分満足できますもんね。

アナログ楽器を「鳴らす」という原理

電子ピアノがどこまで行ってもアコースティックピアノに敵わないのは
「弦を叩いて鳴らす」というアナログ表現だからこそ、というのもあるのでしょうか。

「叩く」というグラデーションは
0か1かの機械入力では真似しきれないものがあるんだなぁ、と
いつもグランドピアノを弾くたびに思うのです。

とはいえ、アコースティックピアノにも自動演奏搭載されているものはあるし
今回の話とはちょっとずれますが
テクノ音楽のように、「電子音楽を人が演奏する」良さもありますし(カワグチはテクノ音楽も好き)
人が弾く良さは、必ずしも「アコースティック楽器だから」と結論づけるのはちょっと違う気がする。

これも決定的な理由とも言いにくいなぁ…
もうちょっと何かないかなぁ、と考えてみます。

演奏にドラマを感じる

頑張った軌跡が感じられる

たとえば、小さい子どもが一生懸命ピアノを弾いていると
「頑張ったんだな」と、ほほえましくなるように
完成された曲の背後にある、頑張ってきた舞台裏の足跡
感動の要素になっていることもありますよね。

マラソンも、ただ走っているだけなのに(失礼)感動があるじゃないですか。

それって、そこに感じ取れる
苦労や試練を共感できるからこそなのかなと。

苦労を感じ取れるからこそ共感できる

逆に、難曲や、自分が弾くのに苦労した曲を聴いたときと、
あんまり難しくなさそう(でも実は難しい)な曲を聴いたときって
聴いたときのインパクトが全然違いますよね。

ということは、感動を感じるためには
たとえば「難しそう」「弾くの大変そう」「この音を出せるなんて、人生経験を重ねてきたんだな」といった、
聞き手にも、その苦労や過程を想像することができるような
経験や感性が問われるのかなとも思ったりします。

演奏表現に人柄が見え隠れする

また、クラシック愛好家の方であれば共感していただけるのではないかと思うのですが、
演奏を聴くと、その人の人柄や性格、人生経験が見え隠れしますよね。

真面目な人だなぁ~とか、
この人意外と短気なのかもな、とか。

逆に言うと、その人らしさがまったく見えないほど
綺麗にまとまりすぎた演奏には、わたしは惹かれません。

同じドラマが、演者を変えて再放送されると違った面白さが味わえるように、
そういう、演奏を通して「その人のドラマ」を聴いていると思ったりすると
人が弾く意味って、そういうところにあるのかもしれませんね。

その人しか醸し出せないドラマが、音を通じて表現されて
その、言語化できない感情や空気感が、同じ時間空間で共有される。

音という振動はあくまでツールで、
空気感やストーリー、感情を共有することで心にウェーブを起こしている、と思うと
正しい演奏にはない、人の表現ならではの魅力があるのも、なんだか納得がいきます。

米粒のように遠くの席でも感じられる、感情の共有と一体感。
そっか、これかもしれないと思えてきましたっ。

結論:
ミスしない自動演奏に超えられない
人の演奏の魅力がある

ということで、
たとえ自動演奏がミスタッチを一度もしなかったとしても、
人の演奏には機械には超えられない魅力がある

その理由を考えてみた結果、
演奏の背景にドラマやストーリー性を感じられるから
という結論に至りました!

ところで、冒頭の話に戻って
実際にはどうなんでしょうね。
優秀なエンジニアさんって、どんな音楽聴くんだろう。

「ピアニストなんて必要ない」とばっさり言われそうで怖くもありますが
エンジニアさんに聞きこみ調査してみたいものですっ。

そしてそんな冷徹なことを言う人がいたとしたら、
いつかその考えを覆えしてしまうくらい、心震わせてみたいものですね(^^)/

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