ブランクを経て復帰したピアノ弾きが
固定観念を破りながらやりたいことと向き合う過程を共有します

忙しいと心を亡くすは本当だった。
自分だけは自分の選択を見捨てちゃいけないよね

こんにちは、カワグチです!
ソフトクリームアイスを開ける瞬間って緊張しますよね!
(失敗するとクリームの部分が全部もげる)

人に言ったってどうしようもないことなので、
あまり他人や外側に忙しいと言うのは好きではないのですが、
ここ数ヶ月、自分のことが何もできなくなるほど余裕がなくてですね、感情が完全に死んでいました。

忙しいと本当に心が死ぬらしい

病むとか通り越して、頭のCPUが全部持って行かれて
そんな感情すら湧いてこない、諦めというか完全に無でしたね。

ブログを書くとか、ピアノを弾きたいという意欲すらなってしまっていました。
やめたいとかではなくてですが、スタジオを2時間借りても、5回くらいしか弾けなくて、
下手だからとかではなく、弾いても虚しくて途中でやめてしまって
鍵盤の前ではぁー…ってなっていたり。
また行ってもそうなるなら勿体なさすぎるから、予約もしなくなってしまい。みたいな。

が、ようやく落ち着きつつあり、
久しぶりに自分のことを思考する時間を取り戻せて
外のことにも感情や興味を少しずつ感じるようになり、
ひっっさしぶりに水面に顔を出して息ができているような、今はそんな感覚です…

忙しすぎると
感情を感じる余裕すらなくなる

何のせいでそうなったのか、どうしたらもっと感受性が湧いて体が動くようになるのか
わたしは毎年冬になると、寒くて冬季うつみたいに気分が沈みがちな傾向もあるので
どうにか考えようとするのですが思いつかず、
もう感性が老化してしまったのかなぁとか、
なにせ忙しいので、そんな思考すらも次の瞬間にはさらわれていく。みたいな。

忙しいって、心を亡くすと書く、とはよく言いますが、
ほんとにその気力が尽きたというか、どこからも湧かない状態になってしまっていまして
そんな境地が本当にあることを身をもって知った体験でした( ;∀;)

枝が切られてしょぼくなってしまったと賛否両論の桜並木

なので、普通の状態に戻ってこれてよかった〜と安心しています。
そんなわけでブログもしばらく更新が空いてしまい、申し訳ありませんでしたm(_ _)m

創造する人にとって、いや、そうじゃなくても、適度な余白って大事ですね。

自分が選んできた過去を
「負債」にしてはいけない

わたしは同世代の女性みたいに子育てをしているわけでもないし、
働き方や夢を模索して、キャリアも捨てて貯金も底を尽きたので、
この歳になっても自分のやりたいことだけ好き勝手やってきて、なにも残せていないよなって、
どうにか過去の負債を巻き返さなきゃ、社会の役に立たなきゃって
特に、東京に来てからは必死だったのですよ。

お陰で、周囲にはちゃんとした人だと見てもらえるようになってきて、
わたし自身も、ある程度の責務は果たせている自信が持てるようにはなってきました。
どちらが良いとか悪いとか、優劣もないと思うのですが、
「ちゃんとした人」だと思われたほうが得な場面がたくさんあるのは事実で。

でも、真逆のことして穴埋めして正当化することが、果たして幸せにつながるのか。

【続:音楽家の永遠の悩み②】アマチュア演奏家が、仕事より音楽活動を優先する理由。

でも、どちらもうまく両立できている人もいるにはいるわけで、
そんな風に器用にこなせないことをまた責めて、自分には何もないと自暴自棄になって。
自分のことを責めているから、人からも責められるようなことが続いて。

アーティストでも、活動を辞めたり解散することはあってよいと思うのですが、
でも、そうありたいと願って頑張っていた頃があることを、自分だけは見捨てちゃいけなくて、
それを、過去自らが選んできた選択を恥じるなんて終わってるよねと。

そんなことをようやく思い出せるようになってきました、ということでして
ピアノもしばらく弾けていなかったので、少しまた練習してからになりますが
少しずつまた曲をアップしていけたらと思っていますので、
お付き合いいただけましたらうれしいです(^^)/

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