こんにちは、ピアニストブロガーのカワグチです!
カラスがうるさすぎるので、窓を開けて
「うるさいんだけど。いい加減にして」って怒ったら
本当に静かになりましたw
人の会話がわかるというのはあながち間違いでもないのかもしれないですね…!
静かにしてくれてありがたいけど、ちょっと申し訳ない。笑
コンサートの事後ご挨拶に回っています
先週のコンサートでチラシ配布などご協力くださったお店さんに
少しずつお礼と無事開催できたご挨拶に回らせていただいております(^^)/
(開店前なのにお邪魔してしまったお店さんもあり、申し訳ございませんでした…!)
常連でもないお店さんに突然お邪魔してしまい、
チラシを受け取っていただけただけでもありがたいのに、
嬉しいことに「チラシ全部なくなりましたよ^^」とか(!)
「行けたら行ってみようかなっておっしゃってたお客様いました」と教えてくださり、
実際に会場に来てくださった方だけでなく、その裏にも
興味を持ってお手に取っていただけた方が何名もいらっしゃったことに驚き、
有難すぎて恐縮しております…(T_T)泣

こんなに広く宣伝してしまったからには、中途半端な演奏できないですね…!
少人数だから適当でいい、というわけではありませんが、
せっかくチラシをお手に取っていただけたのに、動画の演奏を聴いて
「なんだ、大したことないじゃん」ってがっかりさせてしまってはお互いに悲しいですからねぇ。
コンサートを通して
色々な方面で出会いがありました
このコンサート企画を通して、ご来場くださった方はもちろんですが
わたしも営業宣伝活動を通して、いろんなお店さんや人を新しく知る機会をいただきました。
今まではオンラインでずっと発信していたため、あまりそういうのがなかったのですが
「こんないいお店あったんだ」とか、「ここに行けばこんな人がいるんだ」という発見がたくさんあり
営業=迷惑というだけでもないのかなと、地域の方の優しさを感じる場面も多くて少しホッとしています。
※ 飛び込み営業でも全て受け入れていただけると言いたいわけではなく
店主さんのお人柄やコンセプトがマッチしているかが大きいと思いますが!
偶然の一瞬が
思いがけないつながりになる
こういう、目的地ではないけど道半ばの偶然の出会いって
何かをやってみる醍醐味でもありますし、
意外とこういう細いつながりが、のちに思いがけないつながりに発展したりもしますよね。
たまたま弾いた1曲が出会いにつながった
今回も、コンサートにいらしてくださったうちお一方は
ピアノスタジオでたまたまご一緒させていただいて出会った方でした。
当時、スタジオで曲を録りたくて
気合いを入れて何時間も防音室にこもってカメラを回して爆奏していたものの
ミスがなかなかなくならず、いいカットが一向に撮れない。

「あ〜全然うまく撮れない!!」とやけくそになって、指も痛くなってきたので
気晴らしに全然関係ない別の曲を1回だけ弾いたのですが、
防音室から漏れ聞こえたその曲を、通りすがりにたまたま聴いていてくださっていて
それがちょうどお好きな曲だったそうで、オーナーさんを通してお繋ぎいただいたのです。
(防音効果で、ちょうどいい感じにタッチの荒さがマスキングされていたのもあるかもしれませんw)
通常、スタジオで他の利用者さんと会話することってほぼないのですが、
偶然弾いた曲を偶然耳にしてくださったのが重なってきっかけが生まれたので
すごいなとビックリしています(^O^)
「都庁ハイ」でコミュニケーションが生まれた
今回のコンサートでも、
一度も行ったことのないお店さんにチラシを置かせていただきにお願いに回ったり
都庁で何十人もの大勢の人に囲まれながら曲を弾いたり
そんなところから思いがけない展開になったりしました。
コンサートの宣伝のために都庁ピアノに何度か行かせていただいたのですが
(都庁展望室でのビラ配布は禁止ですが、少しでも存在を知ってもらうきっかけにできればと思い)

「さっきのピアノ良かったですね」と話しかけてくれたり
逆に日本人だと思って話しかけたら実は韓国人の観光客の方で、
簡単にセッションをさせていただいたり。(音楽は国境を超えた共通言語!)
都庁ピアノって、たくさんの人に囲まれるし、
エレベーターもけっこう並ぶし(荷物チェックもある)混んでいるし
ピアノにもまた並びますしルール説明などもある…と、行くまでがちょっと面倒ハードルが高いのと、
スルーされるのがデフォの他のストリートピアノと違って、閉じた空間なので誰かしらには聴いてもらえるプレッシャーはありますが、
色々な場所のストリートピアノを回ってみた結果、
都庁ピアノほど会話が生まれやすいストリートピアノってなかなかない気がしています。
向いてないことを避けるのと
やれることをやらないのは別
大人になると自分の適性や克服しようのないことって見えてきますから、
自分が苦痛だと感じる場所から距離を置くことは、
限りある人生の時間とリソースを最適化して生きるうえで大事なことと思いますが
それとは別で、
- めんどくさい、腰が重い
- 恥ずかしい
- 緊張する、不安、怖い
みたいな、できれば避けたい不快な感情に抗って
「わざわざ」やってみると、奇跡が起きる気がしています。
奇跡、というと大げさでうさんくさいですが、
やれなくはないけど、後回しにしてしまっている時って、大体このどれかに集約されませんか?
わたしも後に「えっ?!」という出会いや展開につながったのって、
決まってこういう感情を何かの勢いで「えーい!」って振り切って
今までの思考回路やルーティン、人脈とは全然違う場所に思い切って動いてみた時だったからです。
ちょっとの勇気が
かけがえのない関係に
入ったことのないお店に初めて入る時に
緊張するけど、行ってみたらすごくいいお店だった!とか(逆もありますけれどね;)
ずっと話してみたいと思っていたクラスメイトに話しかけてみたら
ものすごく仲良くなった!とか。
また、勇気や面倒くささが要るからこそ、
同じような境遇で動いている人同士って
心境や状況(アウェイかな…って心細い、実は手間暇かかっているなど)を深く共感しやすかったりもしますよね。
もしかすると、今回のコンサートにお申込やご来場くださった方や
過去わたくしにメッセージや投げ銭をくださった方も
そのような勇気を持ってアクションしてくださったのかな、と思うと尚更ありがたみが湧いてくるのです。
平和な時より不安定なほうが
エネルギーの源になりやすい
で、その「何かの勢い」も結構大事なのかなと思っていて
うまくいかなくて必死な時だったり
ちょっと擦りむいても痛くないくらい気分が高揚してハイになっている時だったり
何もかもつまらない気分を変えたくて、いつもとあえて違う選択をしたくなったり
あるいは誰かのためだったり、
普段ならやらないけどエネルギーが湧く時ってありますよね。
逆に、順風満帆にうまくいっている時ほど
意外とこういう思い切ったことってわざわざやらない気がします。
わざわざリスク背負ってまでやる理由がないですからね。
このあたりの頃⬆︎にお金と時間を貯めて何かやっておけば、とも思うのですが
平和に満たされている時って、あまり音に感情が乗らないのですよね…
また、打算で何かやろうとしたりしても空振りだったり、
もしやってみたとしても身銭を切るほどのエネルギーがどこか足りなくて出し惜しみ感が出たり
「自分をすり減らさない、損しない程度の浅い娯楽」に留まってしまったりして難しかったりもします。

そしてそういう手抜き感のようなものって、
不思議とすぐ伝わってしまうものだったりしますよね。
そう思うと、あくまでわたし自身の場合はですが
不足や枯渇、不安定ってときに必要悪なのかなと思っていて
そういう時こそ「なにか面白いもの作れないかな」ということをよく考えるのでした(^^)
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